会長挨拶
会長 桑名 正隆
日本医科大学大学院医学研究科アレルギー膠原病内科学分野 大学院教授
日本医科大学付属病院強皮症・筋炎先進医療センター センター長
この度、第7回日本肺高血圧・肺循環学会学術集会を、副会長の近藤康博先生(公立陶生病院副院長)、田村雄一先生(国際医療福祉大学医学部循環器内科教授)とともに開催させていただくことになりました。膠原病内科医として本学会の学術集会を担当させていただくのは、前身である第3回日本肺高血圧学会・第4回日本肺循環学会合同学術集会を2015年に開催された藤田保健衛生大学リウマチ・感染症内科の吉田俊治先生以来となります。その責任の重さを感じるとともに、大変光栄なことと会員の皆様方には深く感謝申し上げます。
私はこれまで30年以上に渡って膠原病を通じて肺高血圧症の診療と研究に携わってきました。肺血管拡張薬が使用できる以前の1990年代は、膠原病患者で肺高血圧症と診断されると平均生存期間はわずか1年しかありませんでした。当時は20、30歳代の若い女性が次々に亡くなる状況を目のあたりにし、医師として無力さを感じる日々でした。一方、現状では専門施設で治療を受ければ3年以内に死亡するケースを見ることはほとんどなくなりました。ご存知の通り、エポプロステノールを皮切りに作用標的や投与経路の異なる多彩な肺血管拡張薬の使用が可能になり、さらにそれらの早期からの併用療法の普及が飛躍的に予後を改善しました。本学会をはじめとする関連学会、厚労省難病調査研究班が作成したガイドラインを通じた適正医療の推進、指定難病制度によるサポートも治療成績向上に貢献しました。わが国の肺動脈性肺高血圧症患者の生命予後は世界一といっても過言ではありません。30年前に予後がここまで改善する時代がくるとは夢にも思いませんでした。これら画期的な進歩を後押しした要因は関連する人々の交流、協調、共助です。肺高血圧症領域の特徴はきわめて学際的な点であり、循環器内科、呼吸器内科、膠原病内科、小児、呼吸器・移植外科など多領域にまたがる臨床医だけでなく、看護師、薬剤師、臨床工学士など多職種のコメディカル、基礎研究者、患者会、製薬・医療機器会社の参画により医療の進歩が実現できたことを改めて感謝申し上げます。
それでは、私たちは肺高血圧症を克服することができたのでしょうか?治療成績が向上したのは肺動脈性肺高血圧症(1群)と慢性肺血栓塞栓性肺高血圧症(4群)のみで、他の臨床分類の肺高血圧症では有効な治療薬はありません。肺動脈性肺高血圧症(1群)でも、最近は高齢化が顕著で左心疾患や慢性肺疾患に伴う肺高血圧症の要素を併せもつ’atypical PAH’が増えています。また、肺血管リモデリングを改善する新たな治療標的の開発(’beyond vasodilation’)も道半ばです。このような状況から、興味の中心が現状の治療薬の適正使用、早期例の取り込みに移り、本領域全体でブレイクスルーがなく閉塞感が漂っていました。さらに追い打ちをかけたのが、新型コロナウイルス感染の世界的な広がりと蔓延です。肺高血圧症領域の発展の基盤は関連する人々の学際的な交流であり、専門、職種、立場を越えて交流する年1回の機会である学術集会が第5回、第6回ともにバーチャル開催となりました。
このような背景から今回の学術集会のテーマには、『変革期を迎えた肺高血圧診療:新たな時代に向けて』を掲げました。先行きは不透明ですが、人類はいずれ新型コロナウイルスを克服するでしょう。その先には、VR(バーチャル・リアリティー)の普及などこれまでと異なる医療、医学が展開されることは間違いありません。また、左心疾患や慢性肺疾患に伴う肺高血圧症に対する治療薬、抗肺血管リモデリング薬開発の進捗も期待されます。まさに、新たな時代の到来です。ただし、ポストコロナ時代でも関連領域の方々が集い、お互いが協力することが不可欠です。第7回日本肺高血圧・肺循環学会学術集会がこのような機会となり、わが国の肺高血圧・肺循環領域の再出発となることを心より願っています。